20年以上引きこもりのきょうだいがいるとき、親の遺産の相続はどうなる?
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親の遺産を相続する際に、きょうだいの間でトラブルが起こることは珍しくありません。相続争いにも様々な事例がありますが、近年では、「長期間にわたって引きこもりのきょうだいがいる」という事例も少なくないといえます。
両親にとっては、いくつになっても可愛い我が子であることに変わりはないでしょう。しかし、親元からすでに独立して生活している他のきょうだいから見ると、「引きこもりだからといって両親から色々優遇されて、ずるい」「自分の方が頑張っているのに報われないようだ」と、腑に落ちない感情を抱いてしまうものです。引きこもりの子の将来を案じた親が、他のきょうだいよりも多めに相続分をのこす遺言を作成することもあります。これにより、きょうだいの間で相続争いが起こってしまう場合があるのです。
引きこもりのきょうだいがいるとき、親の遺産を相続させないことは可能なのでしょうか?本コラムでは、べリーベスト法律事務 広島オフィスの弁護士が、「相続廃除」や「贈与」などの手段について解説いたします。
1、高齢化する引きこもり問題
内閣府によると、「引きこもり」の定義は「自室や家からほとんど出ない状態にくわえ、趣味の用事や近所のコンビニ以外に外出しない状態が6カ月以上続く場合」とされています。
引きこもりの問題がニュースなどで取り上げられるようになった1990年代では、主に若者の引きこもりが問題視されていました。しかし、最近では高齢化が深刻な社会問題となっています。
内閣府が令和元年に発表した引きこもりについての調査結果によると、15~39歳の推計54万1千人であるのに対して、40~64歳が推計61万3千人と、中高年の引きこもりの方が多いことが明らかになりました。
また、引きこもりの期間は、3~5年が21%で最多であり、7年以上引きこもっている人が全体の半数を占めていました。さらに、30年以上引きこもっている人も6%いるのです。
中年や高齢者の方は、いちど引きこもってしまうと、社会復帰が困難になります。そのため、若者に比べて引きこもり状態が長期化しやすく、より深刻な社会問題になっているのです。
2、引きこもりのきょうだいに相続させない方法
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(1)引きこもりに伴う暴力・侮辱などがあれば、「相続廃除」できる可能性
親の遺産の相続では、きょうだいの間でトラブルを起こす火種になりがちです。
もしも自分のきょうだいが引きこもりになっていたなら、自分や両親にとってこれまでに多大な精神的・経済的負担をかけてきた可能性が高いでしょう。そのために、遺産が自分と引きこもりのきょうだいとの間で均等に分配されてしまうことは、不公平に感じられるものです。
子に親の遺産を相続させない方法として、「相続廃除」という制度があります。
相続廃除とは、推定相続人(相続が開始した場合、相続人になるべき人)から相続権を完全に奪ってしまう手続きです。通常、相続人には、法律で最低限保証されている相続分である「遺留分」が存在します。しかし、相続廃除が認められると、遺留分も消滅するのです。
相続廃除を申請するためには、被相続人の住所地を管轄する家庭裁判所に、被相続人が「推定相続人廃除審判の申立書」を提出する必要があります。
廃除が決定したら、裁判所から発行された審判書を持って市区役所で戸籍に記載してもらう手続きを行います。
ただし、民法第892条により、相続廃除を利用できるのは以下の条件を満たしている場合に限定されています。- 被相続人(この場合、両親)に対する度重なる暴力・虐待
- 被相続人に対する重大な侮辱(自尊心・名誉を傷つける発言)
- その他被相続人に対する著しい非行(多額の浪費・借金、重大な犯罪など)
このため、引きこもりであるというだけでは、相続廃除の条件にはあたりません。
また、上記の条件に当てはまる場合であっても、被相続人側にも落ち度がある場合や、問題となる暴力などが一時的なものであったり軽度なものであったりする場合には、廃除が認められない可能性が生じます。
この理由は、被相続人の子どもであれば、被相続人が死亡すると、原則的には「相続権」を持つためです。相続権は権利の一種であり、その権利を制限する制度である相続廃除を実効するためには、厳格な手続きが要求されます。そのため、請求しても裁判所に認められない場合も多いのです。
相続廃除が認められるためには、暴力や侮辱などが長期間にわたって何度も繰り返しおこなわれたことを示す証拠が必要とされます。たとえば、日記や録音データなどの記録、被害の程度を示す医師の診断書などが、証拠となります。
また、相続廃除は申請できるのは、あくまでも被相続人本人だけです。仮に引きこもりのきょうだいが親に暴力などを振るい、他のきょうだいがいくら「相続廃除するべきだ」と説得しても、親が「許す」と決めたのなら、相続廃除はできません。 -
(2)相続廃除は遺言ですることもできる
上述したように、相続廃除は、被相続人が存命のうちから、家庭裁判所に申請することができます。ただし、引きこもりのきょうだいが相続廃除されてしまったことを知ると、親子関係やきょうだい関係におけるトラブルの火種になってしまうおそれがあります。
そのため、遺言書に記載して相続廃除をするという方法も検討するべきでしょう。
遺言による相続廃除の注意点として、「相続廃除の理由を示す証拠をのこしておくこと」と「遺言執行者を指定すること」があります。
被相続人が亡くなったあとから暴力・侮辱・非行などの事実を証明するためには、客観的な証拠が必要となります。被相続人の生前から相続廃除をする場合と同じく、日記や録音データ、医師の診断書などを準備しておく必要があるのです。
また、遺言で相続廃除をする場合には、遺言の内容を実現する役割を担う人である「遺言執行者」の指定が必須とされています。
もし遺言のなかで遺言執行者が指名されていなかった場合には、相続開始後にのこされた遺族が家庭裁判所に「遺言執行者選任の申し立て」をする必要が生じます。そのため、遺言のなかに遺言執行者を記載しておくことの方が望ましいでしょう。
遺言執行者は破産者・未成年者・成年被後見人などをのぞけば、基本的に誰でもなることができます。しかし責任が重く、また難しい手続きを担う存在であるため、法律の専門家である弁護士を指定することをおすすめします。
遺言執行者を指定した場合は、被相続人が亡くなったあとに、遺言執行者が家庭裁判所に相続廃除の申し立てをします。このとき、「推定相続人廃除審判の申立書」にくわえて、「遺言書の写し」「廃除の理由書」などの書類が必要とされます。 -
(3)遺贈・生前贈与・死因贈与によって遺産を多めにもらう方法
相続廃除がおこなえず、引きこもりのきょうだいの相続権そのものを制限できない場合であっても、被相続人に贈与をしてもらうことで、自分の受け取れる分を増やしてきょうだいの受け取れる分を減らす方法が存在します。
ただし、相続廃除の場合と同じく、こちらの方法でも被相続人が生前に同意することが必要とされます。
財産の贈与には、遺言によって行う「遺贈」、生前に行う「生前贈与」、被相続人の死亡を条件に贈与する契約を生前に交わす「死因贈与」などがあります。
ただし、財産の贈与は、「特別受益」に該当する可能性があることに注意してください。
特別受益とは、遺贈や生前贈与などによって、特定の相続人が相続とは別に利益を受けることです。
相続においては、特別受益を考慮せずに通常通り手続きを行うと不公平になるので、「特別受益」の分も相続財産に含めたうえで相続分を計算することになります。これを「特別受益の持戻し」といいます(民法第903条1項)。
ただし、贈与で受け取った金額が相続分を上回っている場合でも、超過分を他の相続人に渡す必要はありません。
特別受益の他にも注意するべき点として、引きこもりのきょうだいが「遺留分侵害額請求権」を行使してくる可能性があります。
先述したように、「遺留分」とは、法律で最低限保証されている相続分のことになります。原則として、遺留分を受け取る権利は、被相続人の作成した遺言によっても侵害することはできません。
遺留分を失わせるためには、先述した相続廃除をするか、被相続人に対する殺人・殺人未遂・遺言の偽造などを行った相手に適用できる「相続欠格」によって相続権を丸ごと失わせるしかないのです。
なお、遺留分減殺請求権の消滅時効は、「相続開始及び遺留分減殺請求権行使の原因を知った時から1年」、または「相続開始から10年」となっています。
3、引きこもりのきょうだいに「全財産を相続させる」遺言書が出てきた場合の対処は?
これまでは、引きこもりのきょうだいが被相続人である親にとって精神的な負担となっている場合について書いてきました。しかし、親ときょうだいとの関係によっては、引きこもりのきょうだいに対して愛着を抱いており、財産を多めに相続させたいと考えられている可能性があります。
そのため、引きこもりのきょうだいの老後を心配したご両親が、「引きこもりのきょうだいに全財産を相続させる」という遺言をのこす場合もあるのです。
この場合、前項までに説明してきた方法とは逆に、あなたの側が「遺留分侵害額請求権」を行使することになります。
たとえば、相続人が子どものみで、引きこもりのきょうだいとあなたの計二人である場合、通常の場合は遺留分の合計は「相続財産の2分の1」になります。それを子どもの人数で割った「4分の1」が、あなたの遺留分となるのです。
しかし、「遺留分」以外の財産については、遺言書に「引きこもりのきょうだいに相続させる」と書かれている以上は、原則的にはあなたが相続することはできません。
ただし、遺言書に不備や偽造の可能性がある場合や、引きこもりのきょうだいに相続欠格事由がある場合などには、遺言書の内容にかかわらず、引きこもりのきょうだいが相続する分を減らすことができる可能性があります。具体的な対策の方法は事情によって異なりますので、弁護士にまでご相談ください。
4、引きこもりのきょうだいを扶養しなければならない義務はある?
相続問題とは別に多くの人が頭を悩ませているのが、両親が亡きあとの、引きこもりのきょうだいの扶養義務についてです。
民法第877条では、「直系血族及び兄弟姉妹は、互いに扶養をする義務がある」と明記されています。
そのため、法律のうえでは、親子間のみならずきょうだい間にも扶養義務が存在するのです。
しかし、扶養義務には、限度も存在します。同じ民法の第879条では「扶養の程度又は方法について、当事者間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、扶養権利者の需要、扶養義務者の資力その他一切の事情を考慮して、家庭裁判所が、これを定める」とされているのです。
そのため、すでに親から独立して家庭を築いている人が、引きこもりのきょうだいを扶養するために配偶者や子どもの生活費や養育費を犠牲にすることまでは義務とされていないのです。
しかし、扶養が負担とならない場合であっても、引きこもりのきょうだいのその後の人生が心配な場合が大半であるでしょう。
それでも心配な場合は、外部の引きこもり支援団体に相談することをおすすめします。
厚生労働省所管の施設である「ひきこもり地域支援センター」は、各都道府県に設けられています。ひきこもり地域支援センターでは、社会福祉士・臨床心理士・精神保健福祉士などの専門家が対応をします。
民間業者による引きこもり支援団体も存在しますが、十分な専門知識を持っているとは限らず、強引で暴力な手口により引きこもりを外に連れ出そうとして、かえって引きこもりの当事者が心に傷を負って社会復帰が困難になるなどの事例が社会問題化しています。
そのため、まずは公共の機関である引きこもり地域支援センターの利用を検討してください。
また、相続のほかにも引きこもりのきょうだいについて相続面での心配事がある場合には、ぜひ弁護士にまで相談してください。
5、引きこもりのきょうだいが遺産分割協議に応じない場合は?
親が亡くなって相続が開始されると、遺言にそのまま従うか、相続人たちの間で「遺産分割協議」を行って遺産を分けあうことになります。
誰がどの財産をどれだけ所有するか決める遺産分割協議では、相続人の全員が参加しなければなりません。全員がそろっていない状態で遺産分割協議を行っても、無効とされてしまいます。
しかし、家に引きこもっているきょうだいが外に出てこないと、遺産分割協議も開始できない可能性があるでしょう。
このような場合には、家庭裁判所に「遺産分割の審判」を申し立てる方法もあります。
審判とは、当事者たちの間での話しあいがすすまない場合に、裁判官が代わりに判断を下してくれる手続きです。
審判を利用することで、引きこもりのきょうだいが遺産分割協議に参加することを拒否していても、相続手続きを進めることができるようになるのです。
6、まとめ
引きこもりのきょうだいに相続されないための方法として、大きく分けて二つの方法があります。ひとつ目は「相続廃除」、二つ目が「遺贈・生前贈与・死因贈与」です。
しかし相続廃除をするためには、「継続的な暴力・暴言」、「著しい非行」などの厳格な条件があります。また、どちらの手段も、最終的には被相続人である親の判断に委ねられます。
引きこもりのきょうだいと親の関係が不仲である場合には、親の同意をとることで、自分の方が多めに財産を受け取れたりする可能性もあるでしょう。
しかし、引きこもりのきょうだいと親の関係が良好である場合には、引きこもりの子どものことを不憫に思った親が「多めに財産を相続させたい」と望むことも珍しくないのです。
ご両親が亡くなられたあとは、きょうだい同士で支えあっていくことになります。将来的なきょうだい関係まで配慮することが、結局は引きこもりの当事者のためにもなるのだということを、ご両親にきちんと理解してもらいましょう。
「引きこもりのきょうだいの面倒はちゃんと見るから、その代わりに財産を多めに相続させてほしい」と、被相続人である親を説得してみることもひとつの方法といえます。
ベリーベスト法律事務所 広島オフィスでは、過去に関わってきた豊富な相続事例をもとに、弁護士がそれぞれのケースに応じたアドバイスを提供します。ぜひ、お気軽にお問い合わせください。
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