入社後に社員の経歴詐称が発覚。解雇することは可能か?
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良い人材が確保できたと思ったら、実は経歴を詐称している事実が発覚したという場合、会社側は経歴詐称を理由に当人を解雇することはできるのでしょうか。
たとえば、募集要項を「高卒以上」としていたにもかかわらず、本当は「中卒」なのに履歴書では「高卒」と記入し、入社してきたような場合です。
人材不足の世の中なので、経歴詐称の事実が発覚してもそのまま継続して勤務させたいという会社もあると思います。そこで、今回は、経歴詐称と解雇の問題についてベリーベスト法律事務所 広島オフィスの弁護士が解説していきます。
1、経歴詐称が発覚した場合の対応
入社後になって、経歴詐称をしていた事実が発覚した場合、会社としてどのような対応を取るべきなのでしょうか。まずは、経歴詐称の態様について整理しながら、検討していきたいと思います。
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(1)学歴詐称
「高卒」なのに「大卒」と偽ったり、逆に「大卒」なのに「高卒」と偽ったりするということがあります。また、大卒でも大学名を偽るということもあります。特に問題となるのは、募集条件として「大卒以上」としていたため、本当は「高卒」なのに「大卒」と偽ったという場合です。会社が求める人材の条件として「大卒以上」としている以上、それを偽り入社することは会社の業務に支障をきたす可能性があるため、重大な詐称と言えます。
学歴というのは一般教養や知識レベルを把握する上で、重要な要素になっているので、学歴を偽ることは重大な経歴詐称と言えます。裁判例では、学歴を高く偽るだけでなく、低く偽ることも懲戒解雇事由になると判断する傾向にあります。
しかし、学歴不問として採用していた場合や、学歴が労働力の評価に影響しない場合は、重大な詐称とはいえず、懲戒解雇事由にはならないこともあります。 -
(2)職歴詐称
経験者採用をする場合、その人の職歴はもっとも重視されます。特に経験を要する業務の場合、職歴を偽ることは許されることではありません。たとえば、レストランで料理人を採用する際、料理について全くの素人が「ホテルで料理長」をしていたと虚偽の経歴で採用されたような場合、経歴詐称として懲戒解雇できる可能性があります。
他方、誰でもできるような仕事や経験不問としているような場合には、職歴詐称をしていても直ちに業務に支障をきたすわけではなく、信頼関係が破壊されたとまで言えるかは微妙なところです。 -
(3)犯罪歴詐称
履歴書には通常「賞罰」という欄があるので、犯罪歴がある場合にはここに記載すべきです。しかし、犯罪歴を記載すると採用されにくいことから、空欄のまま提出することが多いと考えられます。
犯罪歴は、会社の信用にかかわる問題で、前科があるのにそれを黙っていることは労働契約上の信頼関係に背くことといえます。「犯罪歴があれば採用しなかった」というケースは少なくないと考えられますので、犯罪歴を詐称していた場合にも、懲戒解雇が可能となる場合があります。
ただし、前科があっても刑の執行が終わってから禁錮以上の刑では10年、罰金以下は5年を経過した場合、刑の言い渡しの効力がなくなります。また、執行猶予付き有罪判決の場合は、執行猶予期間が経過すると刑の言い渡しの効力がなくなります。したがって、過去に刑務所に服役していたことがある者でも、刑の執行が終わって10年が経過すれば、賞罰の欄に前科を記載する必要はなくなります。したがって、この場合、刑務所に服役していたことを理由に懲戒解雇することは許されません。
なお、逮捕されたことがあるだけで不起訴となった場合や在宅起訴で裁判が確定していない場合には、犯罪歴があるとはいえないため、それを理由に解雇することは許されません。 -
(4)資格詐称
求人情報を出す場合、資格を応募要件にすることがあります。たとえば、経理職員の募集要項で「日商簿記2級以上取得者」とする場合などです。このような場合に、日商簿記検定の資格を全く保有していないのに、「日商簿記2級」と履歴書に記載していれば経歴詐称になり、場合によっては懲戒解雇にもなり得ます。
しかし、このケースでも資格はないものの経理経験が豊富で経理業務をする上で支障がないような場合には、懲戒解雇は認められない可能性があります。また、運送業の募集であれば、「運転免許」がないのにあると書くことは懲戒事由になるでしょうが、経理業務を行うのであれば、運転免許がないのにあると書いたからと言って懲戒解雇とするのは行き過ぎのような気がします。
会社は、人を採用するにあたり経歴を重視しています。その経歴が虚偽であるとすれば、その前提が崩れますので、人事運営上支障がでます。他方で、軽微な経歴詐称があったからといって全て懲戒解雇とすることは、解雇権の濫用ともとられかねないので、慎重な判断が必要です。
経歴詐称で懲戒解雇できるかの判断基準としては、採用時にその経歴であるならば採用しなかったといえることや、業務の性質から真実の経歴では雇用を継続することが困難と判断されることなどが必要だと考えられます。
個別具体的な判断は、判例などを踏まえて検討が必要になりますので、弁護士までご相談いただくことをおすすめします。
2、経歴詐称による解雇は2種類
経歴詐称が発覚し、もし解雇の判断をする場合、解雇には「普通解雇」と「懲戒解雇」の2種類があることを知っておく必要があります。
「普通解雇」と「懲戒解雇」の違いは、解雇事由の違いによります。解雇事由については、就業規則で定めているはずなので確認してみてください。その他、解雇予告が必要かどうか、退職金の支払いが必要かどうかといった違いがあります。
一般的には、普通解雇は、病気やケガによる就労不能、従業員の能力不足や会社の経営難などやむを得ない事由による解雇ということになります。懲戒解雇は、従業員の不正行為や転勤の拒否、業務命令の拒否、長期の無断欠勤、経歴詐称などに対する制裁として行われる解雇になります。
今回のテーマである経歴詐称は、通常懲戒解雇事由に該当するので、基本的に懲戒解雇の対象となります。しかし、懲戒事由に当たる場合でも普通解雇することは認められるので(最高裁判所昭和52年1月31日判決)、経歴詐称の内容が悪質でない場合には普通解雇を選択してもかまいません。
普通解雇にするメリットは、解雇無効が争われた場合に、懲戒事由以外の成績不良などの事由も主張することがきるということです。懲戒解雇手続きは厳格に行う必要があることから、弁明の機会を付与していないなどの理由で不当解雇とされることもあります。
ただ、普通解雇の場合、解雇予告や退職金の支払いが必要になるので、その点は注意が必要です。懲戒解雇とすべきかどうかは、一言で言えば「悪質性」ということになると思いますが、より分析的に言えば、
① 詐称の程度
② 詐称が採否の判断に影響を及ぼした程度
③ 当該人物が業務を行える能力を備えているかどうか
などを総合的に判断して決めるしかありません。
経歴詐称が発覚した場合、会社は、「普通解雇」にするか、「懲戒解雇」にするか、「雇用継続」にするかという選択をしなければなりません。解雇をする場合、解雇無効として争われる可能性がありますので、できれば、その前に経歴詐称をした本人に、自主的に退職するよう説得することが望まれます。
3、そのまま継続勤務させるリスク
経歴詐称があっても、勤務態度が良好で期待したとおりの働きをしている場合には、解雇しないで継続雇用という判断もあります。その場合、経歴詐称の事実を誰が知っているかを考える必要があります。
上層部だけが知っているような場合には、そのまま隠しておくという選択肢もありますが、従業員のうわさが広まったことにより発覚したような場合には、幹部からしっかり勤務態度が良好で能力的にも問題ないことなどを説明し、従業員らに納得してもらうことが重要です。「停職」、「降格」などの一定の懲戒処分を行って、企業秩序を保ちつつ、雇用を継続するという方法もあるでしょう。
また、継続雇用したくてもできない場合というのもあります。良い先生でも教員免許がなければ教員を続けることはできませんし、医師や弁護士の場合、資格がないと業務そのものができません。このような場合、懲戒解雇せざるを得ません。
4、経歴詐称を事前に見抜く方法とは?
経歴詐称を事前に見抜く方法はいろいろあります。
学歴に関しては、卒業証明書を提出してもらえば真偽がわかります。もちろん卒業証明書まで偽造されてしまってはわからないかもしれませんが、証明書を偽造してまで入社する人は少ないと思われますので一定の効果はあると思います。
しかし、全ての学歴について卒業証明書を提出させるのは応募者の負担になるので、最終学歴についてのみ提出してもらうのが良いでしょう。最終学歴が確認できればおおむね学歴に問題はないことが推定されます。
次に、職歴ですが、会社の場合、必ず厚生年金に加入しますので、年金記録を見れば勤務期間と勤務先はわかります。また、少なくとも前職については、雇用保険被保険者証によって勤務先や退職日がわかります。
保有資格の確認は、身分証明書や合格証書などがあるはずなので、写しの提出または原本の提示を求めれば、資格の有無は確認できます。
以上のとおり、書類だけでかなりの部分は確認できると思いますが、面接でも具体的な内容を聞くことによって補足するとよいでしょう。また、インターネットで名前を検索すれば大きな事件を起こしていないかどうかはある程度調べられるので、重大な犯罪歴については調べられます。
このように、書類や面接、インターネットなどで集めた情報を総合的に判断して経歴詐称がないか確認すれば、かなりの精度で真偽を確かめることができると思います。
5、まとめ
今回は、経歴詐称について見てきましたが、経歴詐称を理由に解雇した場合、解雇は無効だとして争いへ発展する可能性があります。解雇というのは非常にデリケートな内容なので、仮に懲戒解雇事由に該当していたとしても、所定の手続きを踏んでいなかったために解雇は無効と判断されることもあります。
労働問題はこじれると長期化する傾向にあるので、経歴詐称が発生し、どのように対応すべきか判断に悩まれる場合は、弁護士に相談することをおすすめします。
ベリーベスト法律事務所 広島オフィスには労働問題について経験豊富な弁護士が在籍していますので、どうぞお気軽にご相談ください。
- この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています